父の告白・娘の落胆

キッチンでさつまいものシナモン煮をギーで作っていたら、
最近、通勤時間にまたよく聴いていて、聴き慣れた曲がリビングからきこえてきた。
ユニコーン。
旦那さんがわたしのiTunesからコピーしたユニコーンの「Panic Attack」を聴いてた。

母についてブログで書いたこの「お母さんおもしろい」で、父のこともいつか書きたくて
タイトルまで決まっていたのに、なかなか決定的な機会がなくて延び延びだったけれど
ここ数日、父とのメールのやり取りも多いことと、
なぜかユニコーンな気分だし(偶然、旦那もっていうのはすごい)
なんか今日がそのタイミングだな、ということで
ようやく「父の告白・娘の落胆」です。父とユニコーンがキーポイントです。

2012年の秋に勤めていた会社を辞め、ハワイで本格的に暮らすことを視野に入れた時に
ありがたい縁でハワイでのインターンの仕事が決まって、
2013年から日本を約1年半離れることが決まりました。
で、同じく2012年の秋、ちょうどマイラ先生のヨガトレーニングのお手伝いのために
カウアイ島(ハワイ)で1ヵ月過ごすことも決まっていたので、
日本とハワイを行ったり来たりしながらとはいえ、
2013年にハワイでの生活がスタートしたら、もう日本に帰ってこないつもりでいたし
(根拠なく、そんなことを考えていた。)
日本で家族と暮らすのもこれで最後かな〜と思っていたら、母親から
「もう日本に帰って来ないつもりのこと、お父さんにもちゃんと話しなさいね」と言われた。
子どもの頃からあんまり父との会話が得意でなかったわたしは、
うーん、どうしよう、どうやって話そう、となんかモヤモヤ。

同時に、「もう日本に帰って来ないつもり」ということで、
かなり実家の荷物を処分したり整理をしてた頃でもあったので、
いらないものは処分しつつも、懐かしいものは保存しておきたくて
持ってるCDを邦楽、洋楽、全部iTunesに入れたりする中で、
中学生の頃、ちょうどバンドブームでユニコーンにはまっていたことを思い出し、
ハワイに行って聴きたくなるかもしれないと、CDを買ってきてiTunesに入れたりもしていた。
でもiTunesに入れたら、もうCDは不要なので、カウアイ島へ発つ前に売りに出そうと思って
忘れないように玄関脇に置いておいたりした。

というのが、前置きです。

で、モヤモヤしながら、なかなか父と話をするチャンスがなく、
カウアイ島へ出発する日、最寄り駅まで車で父に送ってもらう時が
話をするラストチャンスだ!と、気持ちの準備をしていたら、
車が駅に向って実家を離れてすぐに、父から突然こう切り出された。

父「そういえば、ずっと話せてなかったけど」161023_02
私「(え!!!なに!!! ※心の声)」
父「玄関にあったユニコーンのCD見て思い出したんだけど」
私「(んんんんん!? ※心の声)」
父「君が高校受験の勉強をしていた頃」
私「(!!!???!? ※心のハテナ)」
父「君の同級生から電話がかかってきて、君とユニコーンのコンサートに行こうと誘って来たんだ」
私「は!?」
父「受験の大事な時だから、君には言わずにその電話の誘いを断ったんだけど」
私「はぁあああああ!?!?!」
父「君に言っても、もちろんがっかりするだろうから言わなかったけど」
私「ぁぁ…………。(なにそれ….。 ※心の声)」
父「玄関のCDを見て思い出したから言っておこうと思って」
私「今言われても、どうにもならないけど、その時言われても、今言われてもがっかりだよ…..」
父「でも受験中だったから」
私「ぁぁぁぁ…..ありがとう、その心遣い……」
父「君のためだからね」

その予期せぬ父の告白を聞いたとたん、わたしが用意していた
「お父さん、結婚もせずに海外に出て帰って来ないつもりの娘でごめんね」
という言葉は、どっかに消えていた。
誰に誘われたんだろう、ユニコーンのライブ。
受験中だったとはいえ、勝手に断るなんて、ひどい……。
それを20年越しで告白するなんて。
海外に出る引け目から一転、もう一気に落胆。

というのが、父の告白、娘の落胆、でした。

悪い人じゃないんだ。
娘を全力でサポートして、全身全霊で守るためにしてくれたことだって、
今なら理解できる。
海外で生活するようになって、結婚もして新しい家族ができて、今ならわかる。
ありがとう、お父さん。

でもやっぱりがっかりだなぁ〜行ってみたかったよ、その頃のユニコーンのライブ。
チェッカーズのライブは行かせてくれてたのに、なんでだめだったんだ、ユニコーン…..。

2017年以降のいろいろなことのために、日本での申請手続きがいろいろ必要で、
この夏から父にお願いしてその手続きの代行をしてもらっていましたが、
週末、ようやく待ってた書類が届いたと父からメールが来て、ホッと一段落。

そいえば、今年の1月にビザの書き換えで日本に一時帰国していた時に、
NYに残ってた旦那さん(まだ結婚決まる前)と父を初めてビデオチャットで向かい合わせたら
父はビデオチャットそのものに慣れてないし、英語も頭では知識がいっぱいありそうだけど
実際に話せるかっていうと、それはまた別物、というレベルなので、
咄嗟にわたしに携帯を向けられた父、慌ててスクリーン越しの彼を指差しながら笑顔で
「You are my kids! You are welcome!」
と。
わかる、言いたいことはわかる。
彼とはまだ結婚は決まってなかったけど、一緒に住んでることは父も知ってたし、
なんとなく、君はもう僕の息子のようなものだから、ということを言いたかったんだろう。
kidsって複数形になっちゃってるし、そもそも息子ならsonだし。
微笑ましくて、わたしも彼もその場で大笑い。
英語なんて話せなくても、いいんだよ。彼にもちゃんと伝わってた。
年末年始に日本に帰った時に実家で会わせるのが楽しみ。

わたしが中学2年生のとき、高校3年生だった姉がNYへ旅立ち、それからずっと生活する場所で、
まさか自分も住むことになるとは。そしてその地で結婚することになるとは。
2012年の秋、わたしの行く末を相当心配していた両親にもようやく安心してもらえたし。
そしてユニコーンを旦那さんと聴きながら、「いつかライブ行きたいね〜」
という日がくるとは、ね。

海外に出ることを許してくれた両親と、NYでも何かとサポートしてくれる姉に感謝。
家族の支えがあり、これまで出会ったたくさんのひとたちの応援があり、
いまの旦那さんと出会えたわたしがいます。

旦那さんとは、自分の家族以上に、たくさんいろいろなことを話し、
出会った時から毎日会話が途切れなくて、一度も喧嘩したことがなく、
家族であり、親友のようでもあり、お互いちょうど良く空気を読める間柄。

いまは旦那さんが隣でチェッカーズのアルバム「GO」を聴いています。
未来なんてまったく見えなかったけど、自分を信じて前進し続けて良かった。
この旦那さんで良かった。
 
 
 
 
 

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